表札の知識を詰め込みました

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表札の歴史 その2

表札の歴史 その1からの続きのページです。
前ページでは、長々と苗字の事について語ってきましたが、このページからは「表札の歴史」そのものについてのお話をさせてもらいます。

表札の普及

前ページでも書いたように、明治8年以降、全ての国民に対して、名字を名乗ることが義務づけられることになったのですが、即座に表札が国民の間に広まったというわけではありません。

実際に表札が広まるキッカケとなったといわれる事件があります。
それは、 大正12年 (1923年)に発生した”関東大震災”だといわれています。

関東大震災は大きな被害をもたらし、家々は火災によって燃えてしまい、住む場所にも困る住民が多数おりました。
そのような住民の間には、住む場所を移り変わったり、または家を建て直すという人が多くなってきたため、そこに住む家族を表す表札掲げる人が増えてきました。そして、もはやそのような住民の間では、無くてはならないものとして定着していったのです。

実際のところその住民の間に表札が普及していくずっと以前、明治以前の時代にも、一部の権力者であったり、有力な武家屋敷などにおいて表札が使われていたことはあります。
当時は、庶民は苗字を名乗ることが出来ないことになっていたので、家の前に掲げることが出来なかったのです。

明治に入り、大正・昭和の時代を経て、郵便制度の発達や名字の義務化などにより、現在の表札が各家庭に溢れる、見慣れた景色となったのです。

始め、表札はほとんどが木製のものでした。それもそのはず、家のほとんどが日本的な家屋であったために、木で作られた表札が主流として使われていたのです。

その後、一時陶器の表札なども出回り始めたのですがが、これが一般の間に定着することはありませんでした。

その後 昭和に入って、木造の日本的家屋ばかりでなくなり、それと共に住宅の様式が昭和という時代に入って、急速に変わっていくのと同時に、建物の建築技術も進んだ結果、石の表札が主流となっていきます。
古来の木の表札というのは、屋外での使用に限度があるために、取り扱いが難しくなってしまうという問題があったのですが、
石の表札は、高級感があって、なおかつ、その耐久性に非常に優れているため、これまでの木の表札に変わって、一躍表札の素材の主流となっていきました。

戦後、高度成長期に入った際には、建物の外壁にコンクリートブロックが使われるようになったため、街を歩けば隣・近所皆が同じような黒い石の表札ばかり・・・ということもよくある光景でした。

そして現在、木や石の他にもガラスや金属・アイアン・セラミックといった素材が表札に使われており、様々です。

現代に入って「個性の時代」といわれるようになり、住宅に住む人のこだわりが、簡単に実現しうる今、
私たちの町の表札のある風景というのも、ずいぶん楽しい景色へと変化してきました。

こうした風景は、世界の中でも平和であると知られている国・日本だからこそ、見ることのできる風景ではないでしょうか。

こうした風景が、今後何十年と先の時代においても、みられると良いと思います。

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KEIAN KEM-70B

Last update:2017/7/31

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